アーク中央機動巡察部隊(Arc Central Police Unit)は、いつもアーク市民の味方です」
「不審なヒト、モノ、コトを目撃した際は、すぐにA.C.P.Uまで通報を」
「あなたの通報が、アーク市民の今と未来を守ります」
「市民の協力に感謝します」

穏やかなBGMと広報映像が流れる警察署。その2階に、刑事のドスの効いた声が響いた。

「警察署に寄っていきませんか、と聞きましたけど。何も無ければこんな事を一般市民に提案しませんよん」

声が響いた部屋には「取調室」の札が。机を挟んでA.C.P.U.の刑事と一人の男が相対し、部屋の隅にはもう一人の刑事が記録のために控えている。

「刑事の嗅覚をナメないでほしいですねぇ。上手く誤魔化してますけど、その左腕、生身でも義肢でもないですよねぇ?」

明らかに狼狽える男。男を追い詰めるのはA.C.P.U.でも人情に篤いことで有名な刑事、ポリだ。しかし、その声は普段の柔らかなものと異なり刺々しい。

「お、俺はアウターリムの出身で、市民権を得る前に義肢の移植手術を」
「細胞再生技術やリペアセンターにアクセスできないアウターリム住民向けに第2世代ニケの部品を用いた義肢移植が行われているのは知っていますが、それとは重さも匂いも何もかもが違いますよん」
「そんなこと俺は」
「この半年にアーク外周部で発生した爆弾テロの件数は約3倍、そのほとんどがリプレイスやA.C.P.U.による制圧が間に合わなかった強行犯ではなく、爆発の瞬間まで検知出来なかったものですねぇ」
「……」
「さて、容疑者さん。その左腕には何が入ってるんですかぁ?」
「……この中央政府の犬「誰が犬ですってぇっ!?」

爆弾を起爆しようとしたのか、自らの左腕に手をやろうとする男。しかし、その捨て台詞がポリの逆鱗に触れた。コーヒーとドーナツを買いに行く時ですら武器を手放さないA.C.P.U.の刑事は、当然取調室の中でも武器を手放さない。そんな状況で被疑者が自爆と思しき行動を図ろうとした場合にポリが選んだ選択肢は、シンプルかつ暴力的だった。

取調室に特徴的な銃声が響く。ポリの愛用するショットガン「ワイルドドッグ」は、飼い主の意図通りに男の左腕「だけ」を食い破り、取調室の床に重たく鈍い音を響かせる。血の一滴、ニケ用の溶媒の一滴すら漏れ出ずにスクラップを散らしたその左腕からは、どれだけの悪意と爆薬を詰め込んでいたのかが窺い知れた。

「……ポリ、遠隔起爆されないように電波暗室になってる取調室で取り調べしたにしても、その射撃で爆弾が誘爆したり、電波暗室用の設備が壊れたらどうするつもりだったんだ」

アイスコーヒーをストローで掻き回しながらそう聞くと、ポリは膝の上でもきゅもきゅとチョコレートドーナツを頬張りながら答える。

「ふぁっふぇふぉうもいふぁいふぁふぃふぇふぁんふぇふふぉん」
「だってもなにも、まず食べ終わってから話しなさい。ドーナツは逃げないから」

ほぼほぼ聞き取れない言葉の中から文頭の「だって」だけを何とか聞き取った私は、ポリ用のコーヒーと、口元を拭くためのウェットティッシュをテーブルの端から引き寄せた。

昔の人形劇でこんなふうにクッキーを貪り食うモンスターがいたな、と思わせる勢いでポリがドーナツを食べ終わると、コーヒーで口の中を潤しながら言い直した。

「だって、どうもイライラしてたんですもん」
「イライラ?」

人情味溢れる刑事としての、そして普段のポリとは縁遠そうな発言に、思わず首を傾げる。

「1年に数回、なんかイライラしちゃうことがあるんですよねぇ。指揮官にこうして撫でてもらっているうちは落ち着くのでいいんですけど、指揮官と会う前はどうしようもなくて結構困ってたんですよん」
「それは、なんというか困るな……」

ボソリと口を突いて出てしまった言葉は、ポリに向けた言葉でもあり、自分の心情でもあった。

数日前、ミランダが「どうしましょう…… これ、ポリの事を書いているとしか思えないのですが……!」と持ってきた雑誌「わんこクラブ」が面白くて熟読しているときに見つけた項目を思い出してしまったのだ。

「発情期:犬のメスは年に1~2回ほど発情期を迎えます。発情期のメスは落ち着きがなくなり、攻撃的になることが多くなります。また、飼い主に対しては甘えん坊になることも」

まさか、と思ったが。否定する材料の方が若干乏しいのも事実。

「そうなんですよぅ、だからしばらく指揮官には子犬にするみたいにナデナデしててほしいんですぅ」

膝の上で器用に体を捻ってこちらを見つめてくるポリ。しかし、これがマズかった。元より魅力的だったり露出が多かったり距離感が独特な女性の多い勤務地だが、戦場でこういった「フラストレーション」を解消するのは難しい。ましてや前哨基地では、ニケもラプチャーもプライバシーという概念を蜂の巣にしてくる。有り体に言えば、既に相当「溜まっている」のだ。

そんなさなかに、頭の中で「発情期」という単語と紐づいたポリが体を捻ってこちらを見てくる。その際にポリのお尻がぐりん、と股座を刺激したのだ。しかもポリは古き良き「足で稼ぐ」を信条とする刑事であり、作戦時の射撃姿勢も膝を地面につかない中腰の体勢。普段はもふもふとした髪の毛に隠され窺い知れないが、ふくらはぎから腿、お尻に至るまで鍛えられたその肉感は、健康的な色っぽさを放っている。

そうして邪念と血液がむくむくと下半身に流れ込み始めたのを感じ、マズイと思っても後の祭り。ここで自然にポリを膝から下ろす術はなく、10秒と経たずにガッチガチになった欲望を、お互いの制服越しにポリのお尻に押し付けてしまった。

終わった、と思った。ニケとそういう関係を持血、それが他のニケに知れれば前哨基地でスペシャルアリーナが開幕することは必定。そう思って必死に必死に危機回避に努めていたのに、よりによって刑事にセクハラどころか強制わいせつじみた事をするなど、誰か一人のニケと関係を持つより悪い結果になる結果しか想像できない。

思考と抵抗を諦め、十三階段を登る前の最後の晩餐の気分を抱きながら無言でポリの髪を撫でていると、頬を染めたポリが口を開いた。

「別に、指揮官ならいいですよん」

膝の上でそう呟くのは、人々に愛される天真爛漫な刑事のポリではなく、私の愛を受け取ろうとする一人の女としてのポリだった。

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